チャリティー(charity)とは

Dec. 10, 2009

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チャリティー(charity)とは、慈愛・博愛・同胞愛または慈善の精神に基づいて行われる公益的な活動・行為もしくはそれを行う組織のこと。世界各地でチャリティーの活動・組織が見られ、それらの多くは宗教的な背景を持つ。チャリティーはしばしば身体障害者や高齢者などに対する社会福祉、貧困地域の飢餓救済、紛争地域の難民救済、または災害・事故などの犠牲者や遺族に対する支援活動などといった形態をとるが、本来的には以上の活動にとどまらず、社会に対する貢献全般がチャリティーであると言える。また、チャリティーに係る費用は寄付・寄進によって支弁されることが多い。

日本のチャリティー活動

Dec. 10, 2009

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日本におけるチャリティー・慈善の起源は明確ではないが、縄文時代には障害を持った者も周囲の補助を受けながら生活していたことが判っている[要出典]。仏教の伝来の後、飛鳥時代の頃に王族を中心として慈善的な活動が行われたとする伝説があるが、本格的な活動は奈良時代の行基からと考えられている。行基は道路や橋といった交通施設や池・用水といった農業施設の建設など公益的な活動に携わった。

平安時代前期には、上流貴族が諸国で貧民救済政策をとる事例が比較的多く見られる。この時期の上流貴族の間では、儒教の精神に基づいて仁政を布くことが理想とされていたためである。

日本のチャリティー史上で特筆すべきは、鎌倉時代中期-後期の叡尊と忍性、そして室町時代中期の願阿弥である。西大寺の僧であった叡尊は、当時賤視されつつあった非人の救済に生涯にわたって尽力した。忍性は社会から疎外されたハンセン病患者の救済に当たり、また医療施設を鎌倉極楽坂に設置して多くの病人の看護に努めた。室町中期に勧進聖として活躍した時宗僧の願阿弥は、応仁の乱前後に大飢饉が日本全国を襲った際、室町将軍足利義政の意を受け、京都を拠点として積極的な窮民救済活動を展開した。これら諸僧の他にも、社会福祉事業に大なり小なり尽力する仏教僧が中世日本には多数存在したが、反対に言えば当時の社会矛盾が大きかったことの表れでもあった。

明治時代になると西洋からチャリティー精神が紹介され、キリスト者や実業家らによる西洋流のチャリティーが展開していった。その後、財界においてチャリティー活動が活発化し、第二次大戦前までは皇室と財閥が中心となって日本のチャリティー活動を牽引した。戦後は政府が福祉国家政策を推進し、チャリティー活動の相対的地位は低下した。

戦後の日本で行われている主なチャリティー活動には、歳末助け合い運動・海外助け合い運動、赤い羽根共同募金(毎年10~12月)、足長募金(交通遺児への支援)、チャリティーショー・チャリティーコンサート、救世軍の「社会鍋」、大規模災害発生時の日本赤十字社や地方自治体など公的組織による募金(義捐金)受付、インターネットを通じて行うクリック募金などがある。

テレビ・ラジオなどマスコミによるチャリティー活動も行われており、1975年3月の『宮城まり子のチャリティーテレソン』に始まり、さらに同年から『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(視覚障害者福祉)、その翌1976年には『かたつむり大作戦』(交通遺児救済 2005年終了)が開始、1978年からは日本テレビの『24時間テレビ・愛は地球を救う』(社会福祉・海外飢餓救済)などの放映・チャリティー活動が行われている。